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    2010

10.24

浅田真央のコーチは一体??

今の浅田選手を基礎から作り直すとか何とかと聞いたが・・・それにしても酷い。
それも全てコーチの実力の無さだと強く感じている。

なぜ、ジャンプに拘るんだろうか。
理解不能すぎてビックリするわ。
現在の最大の武器がジャンプであるのは常識だが、それを更に特化することに何の意味があるのかわからない。
一極集中で極めた武器は時として最高の武器となるだろう。
しかし、それはあくまで「正常な状態である場合」という条件付きだ。
特にジャンプのように高いリスクが付きまとうものであればあるほどにだ。
そういう常に高いリスクを併せ持つ武器というのは精神の状態が非常に重要なのだ。
もし、精神が乱れたり強い不安を感じたり、ダメだとマイナス思考が紛れ込んだらもうそれは武器とは言えない。
もはや武器ではなく反乱分子である。
なので、高いリスクが付きまとう武器を身につける場合は、常に精神面のフォローや調整がとても重要となる。
それこそテンションを常に高い状態に安定させるための専属のパートナーがいてもおかしくないレベルにだ。
今のボンクラ日本において、こういう所は完全に放置されやすい。
「頑張れ」、「何とかしろ」、「負けるな」とか精神論で何とかしようとするコーチはクズだろう。
それを高めることで全くの別の結果が待っているなら全力で取り組むべきだろう。
コーチ自体ににその能力が欠落していれば専用の人間を雇うべきだ。
その重要性がわからないのが日本人なんだがな。
テニスでもそうだが、バチバチに良い状態なのに急にミスが連発するのって、本当に現状の身体能力が低下していると思っているのか?と聞きたい。
一試合の体力も持たないプロなど、もはやプロではない。
強いだけのアマだ。
自己管理だろうが他者管理だろうがどっちでもいいのだが、体調管理が行えないプレイヤーはプロと呼べない。
ほとんどのプロは一試合プレイするのに十分な体力と筋力を保有いているものだ。
そんなプレイヤーがミスを連発するというのは現状を理解出来ていないとかあるが、大きく言えば精神的影響がほとんどだと言える。

浅田選手はアドレナリンが分泌されていて凄い集中力がある状態を常にキープ出来ていれば全くの別人になれるんだろうなと思える。
なぜなら実力はあり、最高峰の演技が出来るだけの能力を持っているからだ。
現在の浅田選手は精神面のケアが必要であると思える。
そんな彼女に「限られた時間」をジャンプ練習に費やさせているコーチに失望を覚える。
なぜ、ジャンプ以外の能力の向上を目指さないのか理解不能の境地だ。
もし、「私の武器はジャンプのみ」だと思わせていたら本当にかわいそうだと思う。
それはコーチの能力不足だと断言できる。
ジャンプ以外の能力も上げて第二の武器、第三の武器を持たせる事が出来たならどれだけ精神面をフォロー出来るだろうか、本当に勿体無い。
第二、第三の武器があるというものがどれ程ジャンプをラクにさせるかわかっているだろうに、なぜジャンプばかりに時間を割くのだろうか。
キムヨナ選手という良い見本も高い授業料も払っただろう、それに早く気付いてほしいものだ。

「完全特化した武器が1つだけ」というものはカタにハマれば物凄い能力を引き出すだろう。
つまり、精神が充実して自信に満ち溢れた状態である場合だ。
しかし、その条件を満たさないと途端に崩れるというのは、切っても切り離せないものだ。
覚悟するほかない。
その武器がハイリスクな要素を含むほどに難易度が増すのは当然のこと。
フィギュアスケートのジャンプというのはスポーツ全体の実技を見ても飛び抜けてリスクが高いと思える。
失敗が許されなく、そしてそれを挽回する可能性が極端に低い、そして異常なまでの緊張感と不安定なスケートシューズ、スポーツは数多く存在するがここまでリスキーな実技はそうないと思う。
そんなハイリスクな状況で更に自らプレッシャーをかける方向性は「最良」と言えるわけが無いと思える。
才能がある部分を伸ばすのは最も簡単で誰もが考えることだ。
しかし、現在得意としない面を得意となるまで克服する事の方が圧倒的に実りがある。
その新しい安心感や精神的安定感、得意な技術に頼らなくて(いや、頼るというより完全依存だろう)良いというプラス思考と技の多様性・懐の広さ、その結果自信がついて得意な技術力の底上げといったメリットを引き出せるようになる。
なぜ、こんな安全でありながら能力の底上げが出来る方向性があるのにしないのか本当にわからない。
ジャンプ、ジャンプに拘っていたらいつまで経っても泥沼から抜け出せるワケがない。
浅田選手はまだとても若い、彼女の視野はとても狭く恐ろしく一人称であるだろう。
一度悪循環にハマれば簡単に抜け出せるわけがない。
そういうの全て経験してきてるコーチがなぜ彼女の足りない面を補ってあげないんだろうと思う。
彼女だっていつまでも全盛期を維持できるわけが無いに決まっている。
最大でもってあと2年程度じゃないだろうか。
残された時間はとても短い、その短い時間をせめて低ストレスで能力の向上に導いてあげて欲しい。

殺すも生かすもコーチ次第だろう。
どんなに能力があってもまだまだ若年である子供だ。
彼女を見ていて本当に勿体無いといつも思っている。
コーチは自分の能力を引き上げるためのパートナーだと思い、メインに拘る必要はないあろう。
より多くの情報を、知らなかった扉の先を見る事が出来るための、確実に存在する新しい自分を見るための、そう渡し舟のような存在だと思って同時に色々なコーチを付けてみたらどうかと思う。
残り時間がある状態でどこまで自分を引き上げられるか・・・もし止まらずに迷わずにただただ日々確実に能力の引き上げに成功しても必ず限界がある。
それが無限に伸び続けても人間の旬は確実に限られている。
自分の中で最大級に向上できても「ここまで」というラインがある。
それを上限として、現在の自分をどこまで引き上げられるか、それは自分自身の能力も多いが最良の状態で誘導してくれる人も必要である。
ジャンプだけに固執せずにもっと広い視野で臨んで欲しいと心から願うばかりだ。
今回のように完全に結果が出ないとわかったら自分が泥を被ってでも選手を守るべきだと思う。
みんなが考えている以上に幼い彼女の精神は酷いことになっていると感じた。
実に勿体無い・・・

しかし、今は徹底的に挫折を感じる事が出来た。
それもまた成長には大きな要素だ。
挫折は悪とされるが、実は精神の落ち着きを得る事が出来る。
今はもうそれを利用していきたい。


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    2010

10.22

Requiem for the Phantom

強くオススメ出来るだけのアニメに出会った。

タイトル:Requiem for the Phantom

一話目はyoutubeで全面公開している。(絵もかなり奇麗に載ってる)
以降は他の所で見る事は出来る。
http://www.youtube.com/watch?v=VAzqRdDmtbU

実はこれを観て、二度泣いた。
内容を言うとネタバレになるのでネタバレ行で書くとする。

ストーリーはこんな感じ。
「ある犯罪組織に属し、子供の頃に洗脳と訓練によって感情を持たなくなったNo.1女スナイパーとその暗殺実行中に遭遇した一般旅行客だった日本人男性。本来であれば目撃者は全て殺害される所、殺し屋としての本能を買われて拉致され女スナイパー同様に洗脳され過去の記憶を奪われる。訓練や生活など全てを女スナイパーと共に行動するものの殺し屋としての任務の葛藤を描いた作品。」

とにかく絵が奇麗で清潔感がある。
極力リアル志向でギャグなどの雰囲気は一切無くとてもシリアスなものとなっている。
俺が今まで見たアニメでベスト3に入るであろう完成度だった。
オススメ度は最高峰!

まぁ、こういうものは個人的な考えが強く出るので誰にでもってのはわからないけど、多くの人にとって一定以上の満足は得られるだろうとは思う。


<ネタバレ感想>
覚えてる範囲で感じたことを書いておく。

・アインが傷を負って手当てをした時、組織を敵に回すかアインを見捨てるかとあっただろう。
あの時に、「どうせ組織を敵に回しても待っているのは確実な残虐死なのだからここで二人で死にたい」と思った。
抵抗すればそれなりに検討出来るだろうが、全く予期せぬ事態も簡単に予想出来た。
つまり、怪我を負ったアインが捕まり目の前などで慈悲もなく一方的に残虐的な殺害をされることなどだ。
そんなエグ過ぎる未来がある可能性を残してまで頑張るよりも今ここにある好きな人との死の方がいかに素晴らしいか・・・比べようも無い。
・丸々回想的なことで使っている回があまりいらない(11と19だったかな。11は飛ばしたけど19ではキャルの生存が確認出来る重要な情報があるので必見)
・アインかキャルのどちらかになら殺されても良いかも知れないと思えた。どうせ最期は殺されるのだから
・キャルの恨みの時間を取りすぎてると思った。ちょっとしつこいかなーっては思った。
・キャルの成長速度、2年なのに早すぎるでしょ・・・
・出来たらアインとツヴァイとの応戦しながらの逃避行をやって欲しかった
・キャルとの普通の生活が凄く楽しく感じた、もっと一握りの幸せの時間が欲しいと思った
・キャルとの再会は嬉しかったけどキャルの人格が大変なことになっててショックだった。出来れば誤解を解いて少しばかりの人生を楽しく過ごして欲しかった
・キャルとの決闘でキャルを殺した時、涙が出てきた。アインは自分よりももっと早くからいたので言わば先輩、尊敬のような存在だろう。しかし、キャルは助ける方法としてとはいえ自分で引きずり込んでしまった訳だ。その罪悪感と素直になったときの可愛い時のキャルに会えた・思い出せた感情、そして本来は守り続けるべき存在であるキャルを手にかけてしまった虚無感、それらが一気に押し寄せてきた。だけど、いつかどこぞの誰ともわからない殺し屋に無慈悲の下、残虐に殺されるならばいっその事自分の手で愛を込めて最期をみとってあげたいとも思えた
・最期のシーン、ようやく二人にほんの一滴の幸せが訪れようとしたときにツヴァイが殺されてしまった、そしてそれを知ることなく笑顔で振り返ったアインのシーン、ここで泣いた。その後のシーンはもういらないと思えた。悲しい事実を知る前の最期のささやかな幸せによる笑顔、それが最後の情けだと思った。だが、二人が幸せに暮らすよりもこうなることの方が作品として良いと思った。

ただ二人が笑って居られる、それだけで本当に幸せだっただろう。

しかし、全ては因果応報。
自分の行いは巡り巡って必ず自分に返ってくる。
多くの人を殺めて自分たちだけ生き永らえることは出来ない現実を思い知らせてくれる。

全ては螺旋と同じだ。
恨みを受けたからそれを相手に返す。
相手もそれによって報復する。
死の螺旋は永遠に終わる事は無い。
しかし、一度自分が我慢をすれば螺旋から逃れることが出来る場合がある。
人同士は憎み合うのではなく、愛し合うことの重要性を教えられた作品だった。
ほんの僅かな、些細な、手が届く、そんな普通の日常を幸せだと感じられることの素晴らしさを改めて思い知りたい。
そして、その素晴らしさを最近特に感じるようになった。



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    2010

10.19

賃貸契約の丸投げ問題 大家の怠慢

賃貸契約、それは金の無い人間が住居を有するのに欠かせない仕組み。
賃貸とはオーナーが生活の糧にするための事業で、根本的に賃貸というものは存在しない。
なぜなら、マンションなどはほぼ全て「売り」によって流通するからだ。
もし「売り」がないとなると建築会社が自己負担でマンションなどを建てて誰かに「賃貸契約」をする形になるがこれは一般的ではない。
なので、誰かしらが大金を支払って「一度購入」してから金の無い人間に「貸し出し」ている。
ここで購入した人間、つまりオーナーは儲けを出さなければやっていけないので相場よりも相当吹っ掛けている事が多い。
値下げ交渉も応じるのはそれが理由だ。
俺の知識では、12~17年程度で完済出来るだけの家賃設定にしている。
つまり、誰かが入居し続ければ「とても美味しい」のだ。
だが、家はとても高価なため、また信用問題などの審査も厳しく誰しもが買えるものではない。
それを良い事にかなり足元を見ているのが現状だ。

「文句があるなら買えば良いんじゃないか?買えるもんならな」

これがオーナーたちの考えだろう。
自分有利の条件を出してそれに該当する人間だけを入居させる。
それは自由なので何も言えないだろう。
だが、いくらなんでも足元を見過ぎていると強く感じるのだ。

その代表格なのが、「礼金」や「クリーニング費用負担」、「鍵交換」辺りだろうか。
■礼金
物件の条件がとても良いと競争になり多少不利でもみんなバンバン契約する。
そんな現状を美味しいと感じて「いかにただで金を頂くか」というのがこの礼金。
「この度、入居させて頂きますのでこれは気持ちです」的なものだろうか。
礼金が高いほどオーナーの営利主義差がわかるのだ。
礼金3ヶ月ってのもある位で、それは危険度最大だろうか。
オーナーのガメツさに比例すると思う。
このご時世、礼金1程度が限度、礼金無しの物件も多い位だからね。

■クリーニング費用
これが最大のガンだろう。
自分の投資した物のデメリットを住んでいた人間に負わせるというものだ。
レンタカーを借りたら車内クリーニングなんてしないだろうし、使用すればそれだけ傷んで商品価値が下がるのは誰もが知ってること。
次の客を掴むためにクリーニングして奇麗に見せて客の気を引くというのはオーナー努力なんじゃないのか?
それを客に負わせるって一般常識からだいぶかけ離れている。
その分、家賃で水増し請求してるんだからそん位自分で何とかしろよって思う。
契約社員でさえ、電車賃は給料から自前で出しているのにだ。
電車賃を別途下さいって言って通るだろうか?
なぜクリーニング費用だけまかり通っているんだろうか不思議でならない。
故意や不注意に破損させた場合はわかるが、生活によって消耗する分も出すというのは理不尽だろう。
そもそも人が住まない空室の方が実は部屋は傷むと言われている。
映画館でイスに座ったら、電車でイスに座ったら、コンビニに入って床を歩いたら・・・などなど行動することに消耗は付き物だ。
それを毎回クリーニング費用と言われることはない。
滞在時間が問題ならば、「家」という商品の特性を理解すべきじゃないだろうか。
大金を払って購入するんだから当然そういう事は自分でわかっているはずだ。
何でもかんでも自分に都合良い契約条件を作る事が流行るのはどうかと思う。

■鍵交換
契約書に「鍵交換」が義務になっている場合がある。
同じ鍵だと前に住んでいた人が合鍵持っていれば侵入出来るのでセキュリティ上推奨すべきかも知れない事ではある。
しかし、「義務」というのはいささか納得がいかない。
そもそもその鍵はオーナーの商品資産になるわけで義務でありながら全額負担はおかしいんじゃないだろうか。
そう感じる。
セキュリティ的に不安だから自分で替えましたっていうなら全額負担も納得はいく。
しかし、「別に気にしねーよ」って人もいるだろう。
そういう人間に対しても一律強制させる上に全額というのはどうにも納得がいかない。
そして、「既に交換は終わってます」とかなると「しらねーよ!」って話しだろう。
俺の目の前で作ってくれ!と普通に思う。
その鍵交換の領収書を貰う方が良いだろう。
そして、その領収書が正当なものか公的機関の第三者を入れて鍵業者に確認を取ってもらうなりした方が良い。
もしかして、その場限りのでっち上げ領収書かも知れないし、そもそも鍵なんて交換してないかも知れない。
金を払ってるのにセキュリティ面の強化が出来てないのは詐欺だろう。
大抵こういう事をしているオーナーはガメツイと考えるべきかも知れない。
普通ならそういう面は入居者に一任させるはずだ。
なぜそんなこと勝手にしてるのか不明だ。

「自分の財産に対して文句を言われる筋合いは無い」

そう言い切れると思ってるオーナーは多いと思うが、果たしてそうなのだろうか。
普通に考えれば正論だろう。
しかし、物が物だけに話しは変わって来ると思う。
というのも、都内などに多くの企業が在籍している。
しかし、都内のマンションなどの住居を保有しているオーナーは明らかにその人数を下回っている。
それも圧倒的に、だ。
つまり、相当数の人間が賃貸契約をしているのが実情だろう。
もしそういう人間が自我を持ち、何かに気付いて「俺は賃貸契約しない!」と言い出したとする。
それによって都内から多くの人間が地方に移動してそれぞれの地方都市にある程度人が流れた場合、残った空室にそのオーナーたちは堪えられるのだろうか?
自身に確実な返済能力がなければ競売に流れて大損を被る。
空室増えれば条件を下げるだろう。
しかし、他のオーナーも同じように条件を下げ始めるので値下げ競争が発生して、もし入居者を確保しても初期の返済プランとは違う未来だけが存在する。
結局の所は、持ちつ持たれつの関係である事をもっと自覚した方が身のためだと思う。
給料は下がってるのに家賃は高いまま。
地方で自給自足の生活を始めた人もいると聞く。
この不況で都内に拘らなくなっている人は増えているだろう。


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    2010

10.13

洗剤を使わずに食器を洗う

最近、洗剤を使わないで食器を洗うようにしてみた。
使ってる洗剤もエコベールなので日本商品ほど環境破壊はしないもののゼロではないと思う。

そもそも、だ。

よく考えてみよう。
食べてる時ってさ、食べられる状態であるからこの時点ではまだセーフティなはず。
なのになぜ洗剤が必要になる?
普通に考えたらオカシな話しだろう。
では、なぜ洗剤が必要なのか。
それは食材の細胞(栄養素)が微量ながら食器に付着して、それが空気中に存在する細菌やカビ胞子のエサになるからだ。
細胞が付着していればタンパク質も炭水化物も脂肪も豊富に存在するので、それはヤツ等にとってこの上ない極楽浄土、あっという間に大繁殖する。
故に、食中毒などのリスクが発生する。

じゃあ、話しは早い。
ヤツ等が大繁殖する前に洗っちゃえば良いんじゃん。
ただ、それだけの話しだ。
普通に考えてさ。

まず、洗剤でヤツ等を殺菌する事は出来ないのね。
体に不具合が起きない程度の減菌なら期待出来るが、それも実際は微妙と言える。
というのも、洗剤の殺菌力を利用するにはある程度の時間漬けておく必要があるが、そんなことしてる人見たことない。
洗ってから10分程度「放置」して洗う人なんてそういないはず。
全部洗い終わったら即流してるんだよね、みんな。
つまり、殺菌力の恩恵はそんな受けてないの。
洗うのがトロくて時間かかってる人ならそれなりにだけど、メチャクチャ早い洗い方をしてる人はもう・・・
定期的に腹痛を感じる人は漬け置きしてみると良いかも知れないが、やはり大繁殖する前に洗ってしまうことを勧める。
しかも洗剤側も洗剤の除菌力よりもシッカリ擦って落とす事を推奨してる位なのね。
シャーレの除菌成果の実験もさすがに漬けて2分てことはないだろうしね。

で、だ。
そもそも食べられてた安全なものが危険なものになる前に落としちゃえばさ、まず安全である事は理論的に考えれば納得がいくはず。
てことは、食べ終わってからすぐに擦って落とせば良いんだよね。
よく、テレビでは「スポンジが危ない」とか言ってるけど、どんだけ汚いんだよって笑ってる。
まず、俺はベジなので動物性タンパク質を調理しない。
その時点でだいぶクリーンな状態なのね。
野菜やキノコや豆、うどん、そばなどの食品が「ベタベタ」汚い訳がないの。
食べ終わってすぐに水で流す。
そして、ちょっとカスが残ってる場合は、使い古したティッシュでこそぎ取るだけ。
カスって言っても七味唐辛子のカスやら豆腐のカス程度で落ちにくいものではない。
これで目に見えるカスはなくなってる。
あとは水でジャバジャバ流してスポンジで思いっきり擦る。
俺は自宅で皿なんて使わないの。
調理したフライパンを皿代わりに使ってるから、洗うのは箸とフライパン位かな。
フライパンはそのまま置いておく。
箸も同様にすぐ洗う。
次の調理の時にフライパンを2分以内の空焚きして菌どもを確実に殺菌する。
アッチンチンになってきたら熱湯を流し込み、熱とジュワワのWパンチで確実に殺菌する。
その熱湯に菌の死骸が残ってる可能性があるのでそれを流し捨てて準備完了。
フライパンもある程度高温になってるからすぐに調理可能。

こんな感じで全く問題ない。
ちなみに、俺は普通の人よりも胃は弱いので一般人なら鉄板だと思う。
ただ、動物性タンパク質を扱ってる場合は知らない。
てか、そんな洗剤付けないと簡単に落ちないものを体内に取り込んで体、大丈夫なん?と思ってる。

ちなみに、納豆のときもすぐに水でジャバジャバ指で擦ってヌルヌルを落とすだけで本当に問題ないの。
凄くラクで良い。
汚水回避率メチャクチャ高い。
彼女の家でご飯作る時も、基本的に野菜とかキノコとかそういうサッパリしたのしか切らないから包丁もまな板もボールもササッと水洗いしかしてないけど全く問題ない。
ものすごーくラクでいいよ。
調理中に全部洗い終わってる。
調理完了時にはシンクに何も残ってないから清々しい気分になる。

ベタベタ成分のものを極力使わないようにすれば本当に楽!
ネバネバ成分ではなく、ベタベタ成分ね。
ネバネバ成分はササッとすぐ落ちるけどベタベタ成分はベトーッとしてて水だけじゃそう落ちない。
そういう食生活してればさ、体も錆びにくくなると思うんだよね。

ほんと、これはオススメ!

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    2010

10.07

焼くということは一体なにか

3ヶ月位前からずっと疑問に思っていたので近々ブログで書こうと思ってたら、Wノーベル賞受賞でタイムリーな話題になったので丁度良いから書いてみる。

調理をするときに「食材を焼く」ことって結構多くて調理方法の中でも最もポピュラーだと思う。
しかし、そのことについて疑問を抱き続けていた。

「焼くと細胞は一体どうなるのか?」

それが疑問で仕方なかった。
まず、根本から立ち返ることにしよう。
俺が化学や生化学に興味がある事は、過去記事「この世の設計図」や「ミトコンドリアのちから」で示す通りなのだ。
まぁ、全くのド素人で専門知識はないからどこまで有意義な事が書けるかは謎の上、高校の専攻では物理だったので本当に基礎が固まってないと思うので程度は低いかもしれない。
そんな一般的無知からの視点ということを踏まえて参考にしてほしい。

まずは、おさらいから。

この世の全ての物質は原子の集まりからなる。
原子よりも小さい素粒子という物質も見つかっているが、とりあえずわかりやすいように原子としておく。
現在見つかっている原子の種類は、最大で117種類あり、それは元素周期表によって提示され、原子番号によって管理されている。
原子≒元素で、鉄なら『Fe』、ナトリウムなら『Na』だ。
この世の全ての物質は、この原子がどのように組み合わさったかによって全く別の物質になる。
それぞれの原子は各々全く異なる性質を持ち、結びつく相性などがある。
原子同士の結びつきが強いほど安定性が高く、結びつき弱いほど安定性は低く壊れやすい。
例えば、普段飲んでいる水はH2Oという化学式なので、H+H+Oという3つの原子が結びついて生まれる事がわかる。
Hは『水素』、Oは『酸素』だ。
つまり、2つの水素原子と1つの酸素原子があれば1つの水が出来る、そして水は「水素と酸素の化合物」ということになる。
1つのH2Oで水0.11g程度らしいが間違ってるかも。
そして、H2Oはこのような形となる。
H2O.png

これらは単純な化合物であるが、生物はこう単純ではない。
生物の場合は、炭素原子を構造の基本骨格とする「有機化合物」という部類に含まれる。
そして、1000~10000以上の原子が集まってできた化合物を「高分子化合物」という。
当然ながら、高分子化合物の方がより高性能な役割を果たすようになる。
元はそんな単純な所からどうやってここまで高度な生物が生まれたかという壮大な謎については、「この世の設計図」で推測してみた。
完全に解明なんて出来るか不明だが、それっぽい本は沢山出てそうだね。

この原子の組み合わせ、単純な2つずつでも117から2種類ずつで117P2=13572通りある。(あ、でもO2とかのように同じもの同士もくっ付くから13689通りかな?)
高分子化合物なら万単位までなるのでそれはもう途方もないパターン数が出来上がる。
だが、相性などがあり結び付けること自体が不可能または困難、出来たとしても不安定などあるとは思う。
また新しく生まれた物質がどういうものかも不明だろう。
猛毒な物質かも知れないし何の変哲もない物質かもしれない、それはやってみないとわからないと思う。
今回ノーベル賞を受賞した鈴木氏は、「それまでは不可能であった炭素同士の結びつきをパラジウムを触媒にして結合させることを可能にした」というもの。
炭素の場合は単純に予めシッカリしたものを結合させるだけなので強度や強化、大型化といったようなイメージだと思う。

しかし、水のH2Oにもう1つHを繋げるとどうなるか?
H3Oというオキソニウムイオンなる物質に変わる。
ただ、酸素原子(O)としては3つ目の水素原子(H)を繋ぎとめるにはギリギリのようで不安定らしい。
つまりビーカーなどで作ったとしても激しく振ったりすると壊れてH2Oに戻るということ。

今度はわかりやすい例を挙げてみる。
酸素原子(O)は人間にとって欠かせない、いやミトコンドリアのエネルギー生産に欠かせない原子だ。
この酸素原子から電子を1つ奪うとどうなるか・・・
実はこの生命維持に必要な酸素原子がスーパーオキシドという活性酸素に変わるのだ。
活性酸素は非常に反応しやすく辺り構わず近くの細胞に対して強い反応を起こして細胞を傷つけるのだ。
今まで生命の糧だったものが電子1つ奪い去っただけで老化・発ガンの原因となる地獄の悪魔に変化してしまう。
そう、ほんの僅かな違いで全く別の性質に変わってしまう、それが化学の世界だ。
いや、この世の全てと言えるだろう。
更にもう1つの電子を奪うとスーパーオキシドとは比べ物にならないほどの活性酸素力の物質に変わってしまう。
それはヒドロキシルラジカルという極悪極まる悪魔兵器だ。
これら活性酸素は酸素と結びついて反応を起こすため、「酸化」という名で知られている。
この酸化という反応によって細胞が傷つき衰えていくため、細胞側も対抗するために抗酸化物質というものを生み出して細胞を守ろうとする。
この抗酸化物質が細胞の代わりに相殺するので細胞の損傷を抑える事が出来るという仕組みだ。
なので、抗酸化物質を採ると老化が遅くなると言われているが、人体も賢くてどうにかガン化した細胞を殺すために活性酸素をぶつけるようにしている。
つまり適度な活性酸素は必要だったりするわけだ。
常時、全ての活性酸素を大量の抗酸化物質投与で消し去ったならば恐らく驚く位の若さを保つ事は出来るだろうが、発ガン率は高まり寿命自体は短くなる。
なかなか難しいものだ。
美容ついでに言うと、女性がアホみたいに騒いでいるコラーゲンだが、あんな物を摂取することは全くの無意味と言える。
コラーゲンは、三重ラセン構造の高分子化合物なので、摂取後当然ながら胃で吸収しやすいように最も小さな単位まで分解される。
つまり、その時点で既にコラーゲンではなく何とかアミノ酸という最小単位にまで落ちている。
なので、「コラーゲン=何とかアミノ酸」となるわけだ。
コラーゲンのような大きな状態の物質をワザワザ取り込む必要がないと言える。
そして、その「何とかアミノ酸」が100%人体のコラーゲン部にコラーゲンとして使われるかは不明だ。
別の組織の原料として使われる方が確率的に高いだろう。
そんな制御も出来ないだろうし。
ただ、注射で患部にピンポイントで強引に入れてやれば、「とりあえずそこにコラーゲンを増やす」ことは可能だ。
その後、少しずつ分解されるか完全に癒着して本来のコラーゲンとしての機能を果たすかはわからないけど、多分吸収されるんだろうね。
その吸収される間は「確かに存在」してるとは思うけど性能は胡散臭い。
コラーゲンは網状の膜を張って弾力のある強靭な接着剤のような役割を果たすが、ただ存在して吸収される運命のコラーゲンが果たして接着剤のような効果があるのだろうか・・・粘度の高い異物程度じゃないのかな。


おっと、脱線しすぎた・・・

それで本題の細胞を焼くという意味について、だ。
火とはそもそも何だろうか?
単独で存在する原子か?それとも化合物なのか?
多分、正解は・・・・・・「現象」だろう。
火という単独の原子はない。
あれば、「山を掘ってたら火が大量に埋もれてて危うく火傷する所だった」という会話が出るはずだ。
しかし、そんなバカげたことはない。
物が燃えるという事は、可燃性の物質+酸素+物質が発火温度以上が必要だ。
その1つでも失えば、物は燃えない。
不可燃性の鉄は燃えないし、酸素がなければ燃えない、冷たい物は燃えない。
そのどれもが必須条件である。
つまり、強烈な酸化反応の現状が火であり、その正体は高エネルギーな物質(動きが速い物質)だ。
その物質が特定の光を反射するために火が青色や赤色、オレンジ色のように可視的な状態になる。
たが、それは単なる色であり、実際は高エネルギーの物質が飛び交っているに過ぎない。
その高エネルギーな物質が物体に当たると、対象の物体の分子が物凄い勢いでぶん殴られる状態になる。
それでも鉄のように全く動じない分子なら問題ないが、モロい物質なら物凄い勢いで分子を動かされ限界に達すると破壊される。
つまり、繋ぎとめられていた結合部が破壊されて分解する。
ロープを火で燃やすと千切れたりするのもそういうことだ。
原子同士の結びつきを維持できなくなって崩壊し、さらに長い時間晒される事で原子が単独で存在するようになる。

ようやく、本題にまできた。

なぜ、肉は焼きすぎると炭になるのか?
これは俺の見解の域を出ていない、つまり裏付けられていないのだが、人間などの生物は先ほども言ったとおり、有機化合物の集合体だ。
有機化合物とは、炭素で形作られている。
なので、徹底的に焼く事によって最小単位の原子が残るだろう。
つまり、それは炭素、ということは「炭」だ。
炭素は黒色か透明(ダイヤ)の二種類で、多くが黒色だろう。
故に、あの「真っ黒い炭」が残る・・・んだと思う。
もし、透明の主成分の炭素なら残忍な人間のことだから動物を大量虐殺して死のダイヤを大量に作る事だろうね。
本当に黒色の炭素で良かったね、動物たち・・・

人間が生物を捕食して胃で吸収できる単位にまで分解した際、それは当然ながら自分によって有益な状態に化学反応させて必要な栄養素として吸収しているのだ。
分解の仕方を間違えると恐ろしい結果になるのは当然のこと。
それは小さな小さなミトコンドリアたちが生き残るために数億年という時を経て編み出した分解手順なので間違えるわけにはいかない。
まぁ、人間のあずかり知らぬことだが。
このことから、人体は特定の人間に有益である原料しか受け付けないと言える。
有害なものを取り込んだとき、嘔吐や下痢といった対応で速やかに有害な物質を体外に出す仕組みを確立している。
それによって少しでも吸収する有害物質を減らすようにしている。
なので、俺が考える「有益」という範囲はごく狭い範囲だと思っている。
動物が見知らぬ生物を見た時に気持ち悪い、脅威だと感じるのはそういう本能からだろう。
相手がどんなに凶暴でも一見な相手を見たとき、向こうもまた脅威に感じている。
そして闘争の末に殺したとしてもそれを「食べる」ことはまずしないだろう。
食べる物がなくなって死ぬなら仕方なく食べるだろうが、余裕がある状態では本能が極力危険を回避する。
毒というのは「人体に有害な物質」である。
活性酸素のように細胞自体を直接傷つけるものもあれば、体内中の酸素と最優先な強烈的酸化反応を起こして酸欠状態に陥らせる一酸化炭素や青酸カリ、神経同士のやりとりを妨げる神経毒、血の凝固作用を妨げるものなどありとあらゆるものが存在する。
なぜなら、人間のみならず、生物や自然界は全て化学反応の下に成り立っているからだ。
生命維持のための化学反応を止められれば当然人間は死んでしまう。
そして、それはとても迅速に、だ。
鉄パイプで胴体や足を散々叩くよりも化学反応による攻撃の方が確実に人を殺す。
前者のような物理的損傷の場合、加害者側にもそれ相応の条件がなければ成立しないが、後者は老若男女問わず確実に遂行出来るだろう。
化学反応というのは、それほど重要なものなのだ。

食材を焼くというのは当然ながら化学反応が起きている。
例えば、最終段階の炭になったものを食べれば発ガン率が高まるのは常識。
ならば、どこからその段階に入るのか?

生>>>レア>>>ミディアム・レア>>>ミディアム>>>ミディアム・ウェル>>>ウェル>>>焦げ>>>炭

細胞、つまり分子構造がどう変化したタイミングから危険率が上がりだすのだろうか。
俺が思うに、火を通した瞬間からなんじゃないかと思う。
というのも、最近あからさまな化学反応に強く意識が向くようになった。
これは一体どういう変化が起きているのだろうか?
ただ、生食の場合、そこにはとても多くの物質が存在しているのは確かだ。
それら全てを受け入れることが自分の体にとって最良であるかはまた別件となる。
生で食べて腹を壊すようであれば、それは自分の体にとって有害である証拠だ。
そういう場合、熱を加える事で有害な物質を無害化させる他、ない。
なお、ここで言っている生食というのは肉を生というわけではない。
俺はベジタリアンなのでそれ以外と考えてほしい、主に野菜だろう。

よく、ビタミンCは水溶性で水に溶けると言われる。
これの意味することを理解している人はどの位いるだろうか。
水に溶けてしまっても溶け出した水を飲めば良いんじゃないと思うだろう。
ここで溶けるというのは、破壊を意味する。
つまり、野菜からビタミンC(化合物名:アスコルビン酸)が原型のまま流れてくれればそれも叶うだろう。

アスコルビン酸はこういう形をしている。
アスコルビン

水溶性ということで水に触れると、その結合部(灰色部)が解けるのか、原子自体(白や赤)が水と結びついて別の物質になるのかはわからないが、とにかくアスコルビン酸というこの物質を維持することが出来なくなり、結果的に存在した物質が消失するということになる。
故に、もし何らかの残骸を吸収してもそれはアスコルビン酸の効果が期待出来なくなる。
これが水溶性と言われていることだ。
脂溶性のものは脂に溶け、また熱や酸素に弱いものもあれば、変異するものもあるだろう。
有益が無害になる分には良いが、有害になる場合も沢山あるし組み合わせ次第で有害になるものもある。
所謂、食べ合わせが悪いというやつだ。

その有害のレベルがとても小さく、数十年継続してやっと表面に出るものや体質次第で激変するもの、そういう「些細な悪魔」を一番恐れている。
企業が科学者が何かを掴んでも全員に普及していて今更公表できるわけがない、根底から覆る何かが絶対にあると踏んでいる。
近年増加傾向にある病などはそういうものだろうと推測できる。
電子レンジは電子を対象の物体に高速に衝突させて強引に熱エネルギーをもたらしている。
こんな現象、地球の自然界には存在しないのだ。
故に、いくつものパターンを組み合わせた場合、どうなるか長期に渡って実験しないと結論は誰にもわかるわけがない。
そして、それが莫大な重篤な問題を引き起こした場合、一体企業や国はどうなるのだろうか・・・
黙っていれば一番安全だろう、バカは黙って死んでろって話しで終了が最もラクチンだろう。
俺が電子レンジに脅威を感じているのはこれが理由だ。
ちなみに、原子爆弾は原子同士を衝突させて超高エネルギー爆発をもたらし、更にその原子の強烈な貫通力によって人体のあらゆる細胞核(DNA)を完全に破壊するので次の細胞の再生が出来なくなりただれて溶け出して死んでいくのだ。
被爆とはそういうことだ。
東海村原発事故の書籍を読んだ事があるが、それはもう地獄のような状況だった。
最も短い周期で訪れる表皮の新陳代謝はおよそ3日程度であり、最大3日後には全ての表皮細胞は生まれ変わる。
しかし、DNAが破壊されているため新しい細胞構築が出来ずに古い表皮が崩れ落ちて更に深層部の肉が見えるようになるという。
外敵からの侵入を守るように体中から体液が出るので常に水が出ている状態だが、放っておくと化膿して腐るためにガーゼをあてがう。
体中ガーゼと包帯でまるでミイラ状態となり、その交換がまた地獄だったらしい。
次第に深層部の細胞も崩れ落ちていき触るもの痛いだろう、下痢も止まらず一日中垂れ流しの状態でもはや苦痛から逃れる術はない状況だ。

この被爆というのは原子爆弾や水素爆弾に限らない。
無論、電子レンジでも起こりえる。
大型の電子レンジがあれば同様のことが起こる。
そして、ロシアの元スパイが殺された放射能物質もまたこの被爆を引き起こす。

故に、最も脅威なのは化学の世界、そして化学反応だと最近考えるようになってきた。
その最も身近な存在が調理という行為だ。

今、そこで何が起こっているか・・・

常にそれを意識しておきたい。
そう思うようになった。

P.S 長文で疲れたので読み直していないため、誤字脱字が多く存在しているかもしれない

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