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    2007

12.13

ナイロビの蜂

志しを持つ人へ作られた傑作

ナイロビの蜂8

今年のベスト5に入る映画だった。
何も考えずに楽しめる作品ではない。
軽いノリで観ようと思っている人は止めた方が良い。
絶対に後悔するだろう。

この映画はハンドカメラで撮ったような映像が随所に出てくるのが印象的だ。
アフリカの自然美も思う存分堪能出来る。
そして、アフリカの悲惨な実情も垣間見る事が出来る。
あまりにもの命の軽さに驚いてしまう。

最後の数分の凝縮されたシーンは15回は観た。
信念と愛と勇気を一気に詰め込んでいる。
全編は最初に字幕、3日後位に吹き替えで観た。
印象はかなり違う。

序盤はハッキリ言って良くないと思った。
むしろ、ヒロインに対して怒りすら覚えた。
人が築き上げた地位と周りに守られながら一体何をしてるんだ?
やるなら自分が築き上げた舞台で行動しろよ!!と。
だが、徐々に彼女は強い信念と志しの元に動いていた事がわかる。
これは映画だけの話しではない。
現実世界においても言える事だったと感じた。

この映画はこんな人に観てもらいたい。
・相手が高い志しを持っているが、自分はそれにまるで感化されないし無関心だと感じている人
・片方がベジタリアンの人

自分や相手について、とても考えさせられる一作となっている。

<ネタバレ注意>

まず、この映画でダメだなって思った点。
・ヒロインに品が足りない
・ヒロインの顔がイマイチ
・ヒロインの体を売る行為に虫唾が走る

良くも悪くもヒロインに不満が集中した。
この映画が言いたかったうちの1つは・・・

綺麗ごとでは何も出来ない。
なりふり構わない行動で突き進まないと改革は出来ない。
それにはどんな手段をも問わない。

そういう人物像をヒロインの役には必要だったため、彼女のようなスタイルになったのだろう。
それについては最もだ。
しかし、美しさのかけらもないシーンの裸は出るし、ちょっと尻軽な発言や行動が最初の印象を下げたのは確かだ。
もし、ヒロインがバニラスカイやそれ以前のペネロペならば、きっともっとハマっただろう・・・
だが、後半はそういう激しい彼女だったからこそ記憶に残っていたのかもしれない。

丁度、中盤位の回想シーンと現実がシンクロし出す時に、なぜか知らないが勝手に涙が出ていた。
そんな気持ちではなかったのだが、涙だけが勝手に出ていた。
序盤、中盤は伏線だと感じた。
この映画の終盤が非常に濃い内容だ。

彼女が死ぬまでは彼女の行為を心のどこかで疎ましく思う事もあっただろうし、彼女の性格には多少なりとも手を焼いていた。
主人公はノンビリとした生活を送りながら、植物を愛し程々に仕事が出来れば幸せを感じるオットリとした人物だ。
一方彼女は、喜怒哀楽が激しく自分の信念の元に積極的な行動で動ける人物だ。
彼との結婚も作戦のうちだっただろう。
彼女の行動が原因で遂に暗殺されてしまった。
途中で明かされる暗殺に至るまでのプロセスは非常に恐ろしいと思った。
殺人が身近で手軽である事を知る。
仕事もしていないプータローみたいなアンチャンが非常に多いため、金さえ払えば誰もがやりたがるんだろう。
アフリカの最悪なサイクルの一部だ。
殺害された医師などに至ってはおぞましいヤり方だった。

--- 終盤を語る ---

彼女がまだ身近な存在で、存在する事が当たり前だった時には絶対に気付かない事実があった。
彼女が彼の身を案じて隠蔽してた事もあっただろうが、彼自体の無関心も一因ではあった。
だが、いつもすぐそこにいる事が当たり前だった最愛の人間を失い、彼は初めて本当の大切さと真実を見なかった後悔を知る。

トゥルカナ湖

彼女はほんの数十時間という短い期間を経ただけで、もはや喋る事も笑う事も喜ぶ事も出来なくなってしまった。
最愛の人間は、冷たく壮絶な状態の肉塊として彼の前に現れたのだった。
いくら悔いてももう戻る事はない。
一生懺悔しようが、何兆円を払おうが、苦行をしようが、もう二度と戻ってくる事はない。
ほんの少し前まですぐそこにいた彼女なのにだ。

無二の愛する者を失い、全てを失った彼はそこで初めて彼女の視ていた世界を知る。
気付くのが非常に遅過ぎたのだ。
遅すぎた故に、志しを1つにして一緒に死ぬ事が出来なかった。
彼女が残した足跡を追い、ようやく理解出来た真実があった。
だが、その真実を知った時は死を意味する。

彼は死の地を、彼女が命を落とした「トゥルカナ湖」に選んだ。
非常に綺麗な自然美が印象的で、この映像がより切なさを演出する。
自分が望まぬ死を受け入れ、そして残り少ない自分の死期を知っているというのはどういう気分なのだろうか。
最期に彼が彼女の名前を呼んだ。
その意味する事の奥の深さが心臓を深くえぐった。
彼女への愛と彼女を理解出来なかった後悔、彼女を全て理解出来たと感じられた解放感が凝縮されている。
出来る事なら、彼女と一緒に死にたかっただろう。
彼女はもうそこにはいないが、彼女の意思は常に生き続けている。
それに気付き、そしてそれを視る事はいつでも可能だった。
彼女が視ていた世界を視た時、彼は一体どう思ったのだろう・・・
命はいつもあるとは限らない。
安全はいつでも保たれているとは限らない。
彼女が生きているという事は誰にも保障出来ない。
だからこそ日々を全力で生きていき、やれるだけの事を必死にやる。
明日死んでしまっても悔いが残らないように生きよう。
そして、意思を持って努力を続けよう。

この映画を観て、そう感じた。

この世には理解する事すら不可能な領域がある。
だが、奇しくも世の中にある物事の多くは"知る"事が可能だ。
この映画が投げかける本当の意味をそれぞれで感じてほしい。
そして、パートナーを全力で愛してほしい。
心を凌駕した精神で!
互いの意思を理解し合える関係の尊さは本当に素晴らしいことだ。

ナイロビの蜂5

ナイロビの蜂4

ナイロビの蜂3

ナイロビの蜂2

ナイロビの蜂6

ナイロビの蜂1

ナイロビの蜂7

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