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    2007

10.05

気品と礼儀

気品とはなんだろうか?

この事について考えるようになったのは、ほんの1年前位か。
こう見えても年配には気を遣う方だと思っている。
電車で老人に席を譲る事はそれなりにあると思う。
というより公共の場では年寄りを大事にしている方だと思う。

エレベーターを待っている時の話しだ。
俺と見知らぬ夫婦がエレベーターを待っていた。
そこに和服を着た身だしなみの良い品のある70代位のご婦人が歩いてきた。
同じくエレベーターを待っていたようだ。
エレベーターが止まった。
中の人が開くボタンを押したまま全員が降りた。
そこにすかさず夫婦が乗り込んだ。
そして俺が乗り込み、ご婦人が乗り込んだ。
夫婦はエレベーターの一番奥に行って喋っているままだったので、制御板の所に行き、開くボタンを押した。
ご婦人は会釈をした。
このエレベーターは2階分しかなく、当然全員が降りる事となる。
制御板の前にいた俺は開くボタンを押して全員を出そうとした。
一番最初に出て行ったのは夫婦だった。
そして、ご婦人が降りて行った。
その時も俺の横で止まって深く会釈をしてくれた。
俺も会釈を返した。

この少しの行動で俺は心を強く打たれた。
清々しく、そして嬉しかった。
礼儀を払って良かったと心から思えた。
気分がとても良く日本で良かったと思えた。
日本という国は、そもそも礼儀や優しさを重んじる国だと思っている。
特に歳を重ねたご婦人の品の良さにとても感動を覚える。

他人に優しさを持ち、礼儀をもって感謝をする

たったそんな事が日常の中で当たり前ならば、俺は進んで優しくなれると思った。
健全的で平和的な光景だと思う。
見ているだけでも思わず笑みがこぼれる。
人の心からの優しさや礼儀、マナーにとても弱い。

20~40代程度の若い年代の人でも礼儀を重んじる人はいる。
しかし、そう出来る人は少ない。
(他人に対して)その人のためにドアを開けてあげたり、エレベーターのドアを開けたり、落ちた物を拾ってあげたりして、素っ気無いというか、何もしない人もいる。
自分から進んでやった事だから、相手に礼儀を求める事は間違っている。
相手が何もしなくてもそれは仕方のない事だ。
頼まれた訳でもないのだから!
だけど、損した気分になるのは確かだ。
そうしているうちに、潜在的に品のある人と無い人の見分けが出来るようになった。
中でもご年配のご婦人で和服を着ている人はほぼ100%の確率で礼儀を理解している。
だから、そういう人に対しては日本人としての礼儀をもって対応するように心がけている。
優しさがダサい風潮にある現代では、逆に20~40代の人に対してはあまり気を配ったりすることはない。
やったとしても、「え?何?」か勘違いして素通り程度だろう。
期待するだけ無駄なので、こちらも何もしないのが一番だと思った。
礼儀を理解出来ている年代には積極的にしていきたいものだ。

今は心で会話が出来るということの素晴らしさを知って本当に良かったと思えた。

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