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    2010

01.06

この世の設計図

この世の全てはある法則の下に成り立っている。
それを論理的に理解する者は誰もいないが、生物はその法則に基づいて進化を遂げていた。
この内容には非常に強い興味があるものの現段階の人類の知識ではそれを知る事は出来ない。
こう考えたことはないだろうか?

「なぜ、美味しいものは太りやすいのか?太らないものが美味しければ良いのに。」

その答えは簡単に言ってしまえば「細胞が種を絶やすことなく生き抜くために脂質やタンパク質を多く含む生物を優先的に捕食するためのシステム」だろう。
この飽食期があと数千年、数万年続けば太らないのに美味しいと感じる事が出来るかもしれない。
いや、既に太りにくいものを美味しいと感じている人はいるだろう。
始めはそういった身近なものから疑問を持ち始めた。
この世で最も繁栄している生物である昆虫にはそれぞれの種が生き残るためにとても驚かされる能力を身につけている。
昆虫に限らず、「半透明」なもの、「毒を持つ」もの、「光る」もの、「再生する」もの、「色を変える」もの、「形態を変える」もの、「局地的温度に耐える」もの、「分裂する」もの・・・
それぞれの生物が環境に合わせ、状況に応じて進化の過程で手に入れた能力だ。
なぜ昆虫が成虫になるまで「卵→幼虫→蛹」という工程を経るのか。
その理由に「陸上に進出したばかりの昆虫は、先祖のもっていた幼生期を卵の中に閉じこめるために、大きな卵を産んでいた。しかし、遅れて進出してきた両生類や爬虫類といった天敵の出現により、多産の道を選ばざるを得なくなった。多産の道を選ぶと、卵1つ1つは、小さくならざるを得ない。当然、卵の中の栄養分は少なくなる。すると発生途中で、胚が孵化せざるを得なくなってくる。卵の中の胚が早々に(未成熟状態で)孵化するようなったのが、完全変態の昆虫に見られる親と全く似ていない幼虫ではないか。こうした幼虫が成虫の姿に変身するには、1度徹底的に体をつくり変える必要がある。そのため必要になったのが、蛹ではないか…」という意見がある。
ここで最も興味深いのが、彼等は一体どうやってその能力を得たのかということだ。
例えば、毒だ。
毒と言っても環境や摂取物、生物の特徴によって生み出される毒の種類はマチマチである。
元々毒を持たない時点から毒を生成するに至った過程や細胞の変化はどう言ったものなのだろうか。
また、急に強い毒を生成出来る個体が突然変異によって生まれたのか、徐々に毒の強さが増していったのか。
身を守るために毒を使っている生物は、毒を使って捕食する生物への途中の段階なのか。
毒を持つパターンは2つあり、生物自体がその毒の影響を受けない種類の毒を保有する選択毒性と生物自体もその毒に影響を受けるために貯蔵器官に保有するものとがある。
毒1つ取っても種類や方法などと言った大きな違いから小さな違いまで様々ある。
現在の進化論は簡単に言うと「より優位で生存率が高い遺伝子を持つ個体が多く繁殖し、その数が蓄積されることによって進化が起こる」という見解のようだ。
「細胞は増える時に、自らの遺伝子をコピーします。このコピーですが、時々間違ってコピーされることがあります。この間違いを塩基置換(えんきちかん)といいます。また、コピー時だけでなく、何らかの刺激などで、DNAの配列が変わってしまう塩基置換もあります。塩基置換は致命的なときもありますが、なにも影響がなかったり、少し影響したりする場合があります。塩基置換は生物が環境に適応するのに、とても大切なことです。もし遺伝子が完璧にコピーばかりされていたら、環境が変化した時、その生物はそれに適応できずに絶滅してしまいます。」という内容にもうなづける。
だが、偶発的に遺伝子が書き換えられて悪影響が及んだ場合ってどうなるのか?
それが身体障害者や珍しい先天性疾患なのだろうか。

だが、本質はそこではない。
より根本的な問題、つまりその進化は何をもとにして達成する事ができているのか、だ。
個人的には、細胞の中に存在する本来は他種の生物であるミトコンドリアが「この世にある絶対唯一無二の設計図を理解し気が遠くなるほどの長い年月を経て進化を遂げているのではないか」と考えている。
毒の中にはその内容が類似しているものさえある。
つまり、ある種の設計図に基づいて進化する意志を持っているのではないかと感じるようになった。
分子構造の違いで全く異なる物質が出来上がったり、遺伝子の僅かな変更で何かしらの変化が起きたりするが、それは起こるべくして起きているのではないだろうか。
配列構造や繋げる種類によって様々な物質を生み出せる事が可能であり、その設計図を理解したときどのような事が起こるのだろうか。
微生物からすると人間などの大きな物質を判断する事は出来ないが現在の最小単位である素粒子、または原子や分子といったものを直感的に理解し物凄い速度で世代を重ねる事によってインフルエンザウイルスなどにしても進化の速度が異常に早いのではないのか。
もし人間がその知識を掌握した場合、まずガンなどの遺伝子異常系の病気で死ぬ事はないような気がする。
本来、正常な細胞がDNAに定められた時間を経過したあと自動的に死ぬように出来ているはずがその自殺機能が欠損し死なずに無限に増殖し周囲の細胞の栄養を吸収してしまうガン細胞も自殺機能の遺伝子情報を正常に書き換えてあげれば自然と消滅するのではないかと考えてしまう。
確実に避けられないのが細胞自体の衰えだろう。
栄養不足や睡眠不足などによる細胞の疲弊、タバコやアルコールやダイオキシンなどの有毒物質による細胞への損傷、電磁波や放射能、活性酸素などによる細胞への直接的なダメージは細胞自体の寿命が短くなる。
それでも元々の細胞自体の寿命に関しては避けることは出来ないだろう。

この世に存在する全てのものは最小単位である素粒子の塊であり、それらが原子(陽子、中性子、電子)や分子を形成し、物質自体はそれぞれの構造パターンによって性質が変わる物質になっているだけで、物質の温度はその分子などの動きが活発であるかどうかで決まり、物質の硬さは原子同士の結合力の強さで決まり、肌触りなどは物質の属性で決まり、色は原子や分子がどの可視光線を反射するかで決まる。
乱雑に言えば、全ての物質は素粒子単位で構成する事により生み出す事が出来るのではないかと思う。
だが、現在の技術ではそのような事が出来ないので、必要な物質を生み出す生物から採取する手段を講じている。
ここで1つの疑問がある。
なぜ、生物は『意思』というものを勝ち得たのだろうか?
元々は原子や分子が様々な結合パターンにより他種の物質を作り出し、その結合体の1つが生物である。
意思とは一体何なのだろうか?
微弱な電気信号で記憶情報を動かし脳が記憶を溜めておき、脳起点と感覚起点の両方から記憶情報をやりとりして学習機能で自分が優位になるように行動する、それが意思だと思うのだが、なぜこのような事が可能になったのかが知りたい。
元々、物質にはそういった能力が備わっているのだろうか?
感情はどの生物までが持ち得るのかという事に、「魚以上の生物」というものを見たことがある。
つまり、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類だという。
それ以下の無脊椎動物には感情はないという。
昆虫にはキノコ体という記憶情報を保持する場所があり、学習機能があると認められているが自発性がなく感情というものは確認出来なかったようだ。
生物でありながら筋肉や四肢を持たないばかりで植物でさえ感情や意思は持たないと思われがちだ。
人間は目に見える動作を確認して初めて「認める」ためだろう。
では石や水、空気などはどうなのだろうか。
石にも様々な種類があり、色や硬度には差が生じている。
物質が単純に圧縮され石になったり土になったりしているだけでそれらには同じ物質の結合体でありながらも生物とは一線を隔て、そこには意思など持ち合わせる事すら出来ない、のだろうか。
では、仮に人間を構成する物質で全く別の人間を完全に再現した場合、そこには人間と同様の意思は存在するのだろうか。
ゾウリムシなどの単細胞生物でさえ、危険な環境から遠ざかり、生きるために捕食し、子孫を増やすために分裂する。
菌類の中には単体では生きながらえる事が出来ないため他種に寄生し栄養を吸収し増殖をするものもいる。
つまり、彼等は単純信号だとしても自分が生き延びるためのプロセスを理解している。
単細胞生物まで来るとDNAの突発的組み換えなどが起きたりして電気信号を保持出来る器官が生まれ、わずかながら単純に受けた電気信号を保有しだしていき、次第に器官が大きくなり保有出来る情報量も増えて行えるプロセスが増えたり複雑になり、ミトコンドリアのように他種と共存する生物が加わる事でより複雑な回路を持ち、また互いに必要な物質を生成するようになり多細胞化して進化を遂げるのかと想像出来る。
では、生物と非生物の境界線は一体なんだろう。
突然電気信号のやりとりが出来るようになったのか、それとも元々全ての物質に僅かながらあるのか。
電気とは電荷の移動の事であり、電子や陽子などの素粒子固有の性質に依存し、電荷が移動出来れば電気は通る。
つまり、電荷が移動出来る物質には意思を持つ資格があるのではとロマン的に考えてしまう。
磁石などはトップバッターなのかも知れないと。
金属とタンパク質などでは性質の違いから進化の向き不向きがあるのだろうか?

こういう情報がある。
「強磁性体では隣り合った原子の間に磁気モーメントの向きをそろえようとする相互作用が働いている。そのため、各原子の磁気モーメントの向きが自発的にそろい、磁場をかけなくても磁化をもつ。これを自発磁化という。この磁気モーメントがそろっている領域は光学顕微鏡で確認できる程度の大きさであり磁区と呼ばれる。磁区と磁区の間は磁壁という徐々に自発磁化の向きが移り変わる領域で隔てられている。物質内のそれぞれの磁区の持つ磁化の向きはランダムに異なっているため、磁場をかける前の状態では、磁化は物質全体で見ると0となる。磁場をかけると磁場に沿った磁化を持つ磁区が拡大し、それ以外の磁区が縮小するように磁壁が移動する。その結果磁場に沿った磁化が打ち消されなくなり、物質全体として見ても磁化が生じる。ある程度より強い磁場をかけると物質内がただ1 つの磁区となるため、それ以上磁化が増えなくなる。この時の磁化を飽和磁化という。」
『隣り合った原子の間に磁気モーメントの向きをそろえようとする相互作用』、『自発磁化』、『磁壁』、『物質内がただ1つの磁区となる』と言ったキーワードから意思の表れではないだろうかと飛躍した考え方をしてしまう。
これらは生き方の違いなだけで、生物とは呼べないだろうか。
例えば、惑星だ。
地球は金属で出来ている。
そのため南極と北極で磁石のように磁場が出来ている。
地球は自転活動を行い、地殻変動や地震、マグマ、重力、雨や風、雲と言った属性が存在する。
人間が善玉菌、悪玉菌、日和見菌といった腸内細菌のそれぞれの活動を1つ1つ把握出来ていないように、また細菌が人間がどんな生物でありどういったプロセスを経てエネルギー補給をしているかなど知るはずもないのと同じように。
人間が進化するように、人間が100年位生きればその腸内細菌も生物学的能力が上がってくるのではないだろうか。
大腸菌などの菌類は2時間に1回の分裂を起こすらしいので人間が100年生きた場合の菌の世代数は43.8万にもなる。
人間が25歳で子供を産むとすると1095万年に相当するが、細菌は1→2→4→8と倍に増殖するため人間の進化よりも早いだろう。
人類の祖先がクモザルと分岐したのが4000万年前、テナガザルと分岐したのが1900万年前、オランウータンと分岐したのが1800万年前、ゴリラと分岐したのが900万年前、チンパンジーと分岐したのが600万年前と言われているので1095万年という期間が腸内細菌にどれだけ進化させる可能性を与えていることか。
それですら1人の人間の体内のしかも腸内細菌に限ってのことで、世界には60億人位いるみたいだからそれこそどの位の可能性を秘めているのだろうか。
アフリカなどのより劣悪な環境の方が進化する傾向にあると感じる。
そう思い調べてみた所、「以前アンビリーバボーかなにかで、食べなくても生きている人の特集をやっていました。水さえ飲まないという人もいましたが、中には、ジャムパンだけ、という男の子もいました。ジャムパンだけでは絶対に栄養が足りないはずなのですが、検査をすると、必要な栄養素はきちんとありました。何も食べていないおばあさんのほうは、体内年齢が20代(だったかなあ)といわれていました。で、それはオカルトみたいな話で終わったんではなくて、きちんと調べていました。その秘密は「腸内細菌」だそうです。腸内細菌が進化して、通常人間の体では作れない栄養を作り出せるようになってしまったらしいです。大変うらやましい話のようですが、件のおばあさんは、息子を失ったショックで食べ物がのどを通らなくなり、何日も寝たきりになった末、ある日突然変異で体調がよくなってしまい、今に至るのだそうで、生きる気力を失って絶食状態になったのに、食べなくても死なない体になってしまったなんて皮肉だ・・・といわれていました。多分この人たちと同じで、腸内細菌の突然変異ではないかと思います。」という情報があった。
地球にとっての人間が、人間にとっての腸内細菌と解釈出来ないだろうか?
その人間に地球の全てなど知り得る訳もなく、また動植物以外を生物としてみなす事が出来ないのではないかと思ってしまった。
もしかしたら腸内細菌も「その人が好んで食べる食材の一定のパターンを覚えていて、その食材をより素早くエネルギー吸収出来るように進化している可能性もあり、それらの進化は人間が『偉大なる進化』と叫んでいるものと同等である」可能性は捨てきれない。
となると、地球は宇宙空間の他の惑星や衛星と会話するように引力以外で何かしら影響を及ぼしあっているのだろうか。

そもそも人間が培った知識は誤認もありながら非常にごくごく狭く限られた範囲のものでしかない。
全てはアナログのように全ての要素が折り重なって1つの世界を形成しているが、人間はより専門的知識に専念出来るようにデジタルのように学術を区分けして物理学、科学、生物学、数学などと定義している。
だが、本質を知りたいならば全ての知識を総動員しなければ正解には近づくことはできない。
1つの専門的学術で結論を導き出そうとすればするほど、正解から離れていく。
それらを統括する総合学術が必要になってくるような気がする。
専門的な人間はミクロ的能力値は非常に高いがマクロ的観点では盲目的になりやすいと言える。
それぞれの知識を浅く知り、専門分野を統合して架け橋になる人間が必要だろうと感じる。
個人的には数学は非常に美しいと感じる。
知識遊びにも近く最も論理的要素が含まれている。
他の学術においては現実物質を元にしたガテン系というイメージがある。
何とかすれば、「そこ」に答えはある。
だが、数学はその答えが間違っているかどうか確実に判断が出来ない可能性がある。
この世は数学を中心とした社会で成り立っているため、数学を制するものは非常に大きなアドバンテージがあるが、彼等の多くは欲がなく最も純粋な人間に近い部類だと思う。

この世の設計図は、惜しげもなく目の前に転がっている。
ガリレオが地動説を唱えたように、エジソンが電話、電球、発電の原理を気付いたように、アインシュタインが光が時間基準という相対性理論を始めとする様々な理論を作ったように、だ。
努力で勝ち取る事の出来る「知識」という眼鏡で見ると山のように転がっている「驚くべき真実」を死ぬ前に沢山見てみたいものだ。
学生時代には気付きもしなかった学問の重要性、そして今現在その学問に魅了される日々。
願いが叶うならば、もう一度最初から学びたい。
それは資金的にも時間的にも非常にシビアな問題があるが、僅かながらも趣味で勉強していこう。
きっと贅沢せずに普通に生きていける程度の安定性がある条件があるのならば、そういった勉強にのみ生涯を捧げても良いかも知れないと本気で思える、それだけ没頭出来る対象物だと思う。

色々と調べている最中に、「ミトコンドリアが進化を決めた」という非常に興味深い洋書を知った。
簡易的に紹介しているサイトがあるので見てほしい。
ttp://d.hatena.ne.jp/benton/20080602/p1

他に、同じ人が書いている「正と死の自然史」というものと日本人が書いた「ミトコンドリアの力」という本を知った。
とても面白そうなので3本とも注文した。
色々と興味がありすぎて時間が足りないね。


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