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    2010

04.02

着心地ゼロ

ちょっとCM見てて気になったので記事にしようと思った。
言いたい事はわかるのだが、広告としては『失敗』じゃないだろうか・・・と感じた。

ユニクロの「シルキードライ」という商品のCMだ。
最後に「着心地ゼロ」と表示されるのだが、着心地と聞かれて良いイメージを思い浮かぶのではないだろうか?
着心地が良いとよく使われ、着心地が悪いというのはそこまで聞かない。
なぜなら、悪い時は「むれる」とか「きつい」とか「肌触りが嫌だ」とか具体的な情報を口にするからだ。
少なくとも俺はそう感じた。
ということは、他にも似た人はそれなりの数がいるはずだ。

着心地は、字の如く「着物を着たときの感じ。」である。
なので着たときの感じ方についてどうなのかという時に用いられるので、良ければ「着心地が良い」、悪ければ「着心地が悪い」が正しい。
着心地ゼロということは、「着た感じがない位の自然さ」だとアピールしたいのだろうとすぐに理解出来たものの釈然としない。
それは先ほど言った理由からだ。

広告というものは「極めて短い時間で商品を要領良く明快に紹介してプラスのイメージを植え付ける」事が目的であるので、僅かでもそれを阻害してしまうのは広告として良いとは言えないだろう。
着心地ゼロという文字を見たとき、「良さがないのか?」と瞬時でも感じたのは事実であり、それはマイナスイメージだ。
もし「着た感じがない位の自然さ」を端的に表現したいのであれば、『装着感ゼロ』とか『浸透着』などの方が合っていると感じた。
敢えて目立つために意図的にやったのならわかるが、本命案ならちょっとどうかと思った。

単語の本来の意味とは別にイメージが先行して誤認するケースというのは非常に多い。
誤認が余りにも多すぎる場合、「全然」などのように単語の意味自体が変えられてしまう程だ。
例えば、「確信犯」は『自分が正しくて周りが間違っていると思い行動した結果、法に触れること』を指すが、多くの人が『法を犯すと分かっていて敢えて行動してしまう行為のこと』だと勘違いしているだろう。
つまり、いくら単語が正しくても広告などのように不特定多数の人間に公表する場合、その単語のイメージが持つ情報まで考慮しなくてはならない。
大金と時間をかけて、少数ずつ事実を理解させた所でちっともコストに見合わない。
ならば、勘違いが起きないようにする方が圧倒的に簡単である。


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